大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)17948号 判決 1998年4月28日

《住所省略》

原告

初見勝

東京都千代田区丸の内2丁目6番3号

被告

三菱商事株式会社

右代表者代表取締役

佐々木幹夫

右訴訟代理人弁護士

釘澤一郎

須藤英章

釘澤知雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告会社が平成8年6月27日開催した平成7年度定時株主総会の決議を取消す。

第二事案の概要

本件は,会社の株主が,定時株主総会における決議につき,説明義務違反等を理由に取消を求めた事件である。

一  前提事実

1  原告は,被告会社の株主である(争いのない事実)。

2  被告会社は,平成8年6月27日,平成7年度定時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催した(争いのない事実)。本件総会は,同日午前10時に開始され,議長である被告会社代表取締役社長槙原稔(以下「議長」という。)が報告事項(平成8年3月31日現在の貸借対照表並びに平成7年度損益計算書及び営業報告書報告の件)につき報告を行った後,議長は,質問の有無を議場に問うた。これに応じて,原告を含め6名の株主が個別に質問ないし発言をしたが,原告は3度にわたり質問に立ち,計算書類附属明細書の販売費及び一般管理費の明細,使途不明金,損金処理ないし費用の計上等につき質問をした。次いで,決議事項(①平成7年度利益処分案承認の件,②取締役24名選任の件,③退任取締役に対する慰労金贈呈の件)の審議に移り,議長は各議案につき順次採決をなし,各議案(本件各議案)は可決された(以下「本件各決議」という。)。そして,本件株主総会は同日午後12時34分に閉会した。(甲四,乙四)

3  原告は,被告会社に対し,原価計算制度,棚卸資産の評価,減価償却,不動産の評価,少額備品の取扱規程,使途不明金扱いした金銭等に関する質問事項を記載した「質問書」と題する書面(以下「質問書」という。)を,同月18日,被告会社宛発し,同書面は,そのころ到達した。(甲二,弁論の全趣旨)

二  争点

(原告の主張)

1 説明義務違反

(一) 無償の利益の供与について

(1) 本件総会は,社員株主,問題株主(イトーヨーカ堂事件,キリンビール事件等で問題を起こしている株主及びその仲間と思われる株主)が議長指名を要求し異常な状態であったため,原告は,到底質問書全部の質問は無理であると判断し,自分の発言の順番を待って,決算附属明細書中の販売費及び一般管理費の明細の表(以下「販管費の明細表」という。)の作成について,質問をした。

(2) 販管費の明細表の作成基準については,計算書類規則48条1項5号,同条3項,大会社の監査報告書に関する規則7条1項2号により,「会社が無償でした財産上の利益の供与(反対給付の著しく少ない利益の供与を含む)(以下「無償の利益の供与」という。)に関し,監査役が監査をするについて参考となるように記載しなければならない。」と定められている。

(3) しかし,被告会社の販管費の明細表には,この点に関する記載は全く見出せない(甲三・11頁)から,法定の記載義務を果たしていないことになる。

(4) そこで,原告が,この点について会社側に説明を求めたのに対し,会社側は,「当社には無償でした利益の供与はない。」と答えた。そこで,原告は,販管費の明細表中には,寄付金の項目があり,5億円が支払われている旨記載されているところから,有償でした寄付金というものについて説明を求めた。しかし,会社側は,右のような矛盾した答弁について妥当な説明をしなかった。

(5) このように,被告会社は,計算書類のうち利益処分案について,その計算の根拠となる損益計算書の販売費及び一般管理費の明細について,説明義務を尽くさなかったというべきである。

(二) 損金性の自己否認について

(1) 原告が,「被告には,納税するに当たってその費用についてその損金性を自己否認して納税して済ませた費用があるか。」と質問したのに対し,担当重役は,「当社には使途不明金はない。」等と答えた。そこで,さらに,原告が,「今決算でパチンコのプリペイドカードの偽造事件による損失が見込まれるので,損失に対しての引当金50億円を有税で引き当てたという報告があり,この引当金は損金に対する引当金であるが,損金に対する課税は所得税上あり得ないからその法的処理について説明して欲しい。」,「これは,法人税基本通達9-7120の適用によるものか,国税庁から損金性を否認されて自己否認して納税を済ませたものではないか。」と質問したところ,議長は,「税金を払った事実はあるが,それが事実である。」「税金のことについては国税庁で聞いてもらいたい。」と答弁するのみであった。

(2) このように,被告会社は,損金についての有税償却が存在するのに,「損金性を自己否認して納税して済ませた費用はない。」という矛盾した答弁をなし,この点につき説明義務を尽くさなかった。

2 質問書について

(一) 原告は,質問書において,一,二記載の質問に加えて,原価計算制度,棚卸資産の評価方法,減価償却,不動産の評価,少額備品の取扱,使途不明金扱いした金銭及び以上の各項目に関連する一切についての質問をしているにもかかわらず,議長はこれらの質問に対して何らの説明もしなかった。

(二) また,原告としては,「質問を制限してはいかんのだよ,私の質問状が出ていますよね,・・・私も七つの項目に分けて質問出してだよ,・・・(一括してお願いします)それからだから続くのは(関連でございますか)それに関連するのが続くから。」(乙四・49頁)と言うように,関連質問の続くことを説明した後に質問を続けたものであるが,議長は,「ご異議があれば税務署の方に一つ言っていただければと思います。以上でお答え終わったと思います。」と一方的に説明して,質問を打ち切り,他の質問者を指名して,質問書により口頭で質問することを妨害した。

3 虚偽の内容の監査報告書及び答弁

(一) 前記のように,被告会社の販管費の明細表に記載義務違反があるにもかかわらず,平成7年度の監査報告書には,法令定款違反はなく,公正かつ妥当であると記載されており(甲一の2・16,17頁),事実に反する記載がなされている。よって,本件各決議は,事実に反する記載のある監査報告書を正しいものとして採用して営業報告をした上でなされたから,著しく不公正な方法によりなされたものというべきである。

(二) また,原告の質問に対し,担当取締役らは,「無償でした財産上の利益供与はない。」,「納税に関して損金性を自己否認して納税して済ませている費用はない。」等と虚偽の答弁をし,その虚偽の答弁についての追及を受けると,更に虚偽の答弁を繰り返し,議長が権限を濫用して議事の進行を強行したものであり,この点でも著しく不公正な方法により議決をしたものといえる。

4 議長による強行採決

このように,被告会社が説明義務を尽くさないままであるにもかかわらず,議長は,問題株主(イトーヨーカ堂事件,キリンビール事件にかかわった。)が,「この辺でやめてくれ。」「これで質問は終わる。」等と発言したことを奇貨として,「これで質問は終わります。」と宣言して,社員株主,取引先株主,与党総会屋等の協力を得て,採決をした(なお,本件株主総会の開催中を通じて,社員株主,取引先株主,与党総会屋らが,訳の分からない「了解」の叫び声,質問妨害,「議事進行」の野次等により議長の議事進行に対する協力が続けられていたものである)。

5 以上のとおり,本件各決議は,被告会社が,①無償の利益の供与及び損金性の自己否認につき矛盾した答弁をしながら,その点につき説明義務を尽くさないまま,②質問書による質問がなされているにもかかわらず,説明義務を尽くさず,議長も口頭での質問を妨害しつつ,③事実に反する記載をした監査報告書に基づく営業報告及び担当取締役による虚偽の答弁をした上で,④議長が権限を濫用して強行採決をしてなされたもので,法令に反しまたは著しく不公正な方法によるものといえるから,取消事由があることは明らかである。

(被告会社の主張)

1 説明義務違反の点について

(一) 無償の利益の供与について

(1) 無償の利益の供与についての附属明細書の記載方法は,寄付金などの科目別にその金額を示せば足り,個々の支払いごとに相手方や金額を記載することまでは要しないとするのが一般である。日本公認会計士協会のひな形(乙三・上段)及び経団連のひな形(乙三・下段)も,このような考えに立っている。計算書類規則48条3項は,具体的に何をどのように記載すべきかについては何ら触れておらず,記載方法については議論のあるところであり,両ひな形にも,脚注ないし注記を設けて記載すべきであるとの指摘は一切ない。このように,法令による確定的な様式がないのであるから,様式の適法違法の問題は生じない。なお,商事法務研究会の調査では,200社中74社が注を設けておらず,記載を設けている会社でもその表現はまちまちである(乙五・322頁)。

(2) 被告会社作成の販管費の明細表には,貸倒引当金繰入額から始まって寄付金,雑費に至る18科目について損金額が区分掲記されており,右ひな形に準拠したものとなっており,適法なものであるから,この点につき説明義務違反があるという原告の主張は,前提を欠くものである。

(3) また,山本主計担当取締役の「無償の利益供与はない。」旨の答弁は,株主に対する利益供与はないとの趣旨で述べたものであり,そのことは,その直後に寄付金が5億円である旨答弁していること,東条総務・法務担当取締役から補足的な答弁がなされていることを総合すれば明らかであり,矛盾した答弁をしたものではない。

(4) なお,被告会社の計算書類に記載の誤りがあったとしても,その記載内容からして,監査そのものが誤りとなるわけではないし,株主総会決議の取消事由ともならないことは明らかである。

(二) 損金性の自己否認について

(1) 使途不明金扱いした金額はない旨の答弁は,事実に即したものである。原告は,損金の自己否認が使途不明金扱いと同じであるという独自の見解に基づいて,これを矛盾した答弁と決めつけるものである。取締役の答弁には説明義務違反はない。

(2) 原告の質問の仕方は,答弁をする役員の言葉尻を捉えて揚げ足を取り,事実に反することや奇異に言葉を持ち出して,役員を困惑・混乱させて,矛盾ないし不正確な答弁をあえて引き出そうとする姿勢が明白であり,これに対する答弁を矛盾したものであるとか,虚偽のものであるなどという資格はない。

(三) 原告は,その主張にかかる取消事由に基づき,漠然と本件各決議の全部の取消を求めるだけで,どの決議がどの取消事由と因果関係があるかについて,何らの主張も,何らの説明もしていない。また,原告の口頭による質問は,附属明細書の細部にわたる記載方法や有税償却についての法規の解釈に関するものであり,平均的な株主が本件各議案を合理的に理解するために必要なものとは考えられない。さらに,税務処理に関する質問は,利益処分案の議案とは何ら関係がないから,取締役に説明義務は生じない。

従って,担当取締役らの説明に不十分な点があったと仮定したとしても,それは,本件各決議の取消事由とはなり得ないものである。

2 質問書について

(一) 質問書を提出した株主が,改めて議場で口頭による質問をしない場合には,質問事項について逐一回答する必要はないから,議長が原告の質問書の質問を取り上げなくても,著しく不公正でも,権利の濫用でもない。

(二) なお,原告自身,質問書に記載のない無償の利益の供与,及び使途不明金扱いの二つの問題に固執し,執拗に質問を繰り返し,自ら質問事項を限定していたものである。

(三) また,決議事項の審議に移行した後も,議案ごとに質問の機会があったにもかかわらず,原告からは他の質問は全くなされなかった。

(四) よって,この点も,決議の取消事由となるものではない。

3 監査報告書の記載内容及び役員の答弁が虚偽であるとの点について

(一) 原告は,訴状においては,販管費の明細表についての説明義務違反が取消事由であると主張しており,記載義務違反がある計算書類及びそれを指摘しない監査報告書を提示したことが取消事由であるとは言っていない。右のような主張は,総会決議から3か月経過後になされたことが明らかであるから,追加して主張することはできない。

(二) 被告会社の販管費の明細表には記載義務違反はないこと,監査報告書の記載が事実に反するものではないこと,担当取締役がした答弁が矛盾したものでも虚偽のものでもないことは前記のとおり明らかであるから,原告の主張は前提を欠くものである。

4 議長による議事進行は適正なものであり,権限の濫用はない。

5 よって,本件決議については,いずれの点でも取消事由は存在しない。

第三判断

一  本件総会における原告の質問及び被告会社の答弁の経過等に関し,証拠(乙四,原告本人)によれば,次の事実が認められる。

1  他の株主からの質問に対し,被告会社は,出資している会社である日本レジャーカード(以下「NLEC」という。)の変造被害額が550億円,当期未処理損失が264億円で,被告会社は,出資(持株)比率18.85パーセントに対応する50億円を営業外費用として計上したこと,このような形で有税で引き当てた50億円は平成7年度において発生したものであるが,おそらく平成8年度に解決されるもので,永久に続くものではないところから,貸借対照表では,流動負債(「その他の流動負債」)の中に含めた等と発言した。

2  他の株主の質問に続いて,原告が質問に立ち,まず,関係法令等を挙げた後,被告会社の販管費の明細表は,無償の利益供与については監査役が監査するについて参考となるように記載しなければならないとされているにもかかわらず,その記載がないから,法令上の義務違反があり,監査報告書にも法令定款に違反する事実がないとされているのは虚偽である等と質問ないし発言した。これに対し,山本取締役(以下「山本」という。)が,販管費の明細表には,寄付金,交際費等の明細が金額とともに記載されている旨回答した。原告が,販管費の明細表には無償とも有償とも記載されていない,無償でしたものは書かれていない旨発言したところ,山本は,無償でしたものはない旨答え,これに対し,原告は,有償でした寄付金というのはどういうものかと質問した。ここで代わって東条取締役(以下「東条」という。)が,平成7年度の寄付金は5億円で,これは無償であり,また,無償の利益の供与については,毎月その明細を監査役に報告しており,その中身を逐一は販管費の明細表に記載することは要求されていないと理解している等と述べた。原告はさらに,記載すべきことを記載しておらず,法令上の義務に違反している等と発言したので,東条は,商法497条にいう利益供与は存在しないし,寄付や広告宣伝費は全て無償であるので有償無償の区別を記載していないものであると回答した。そして,原告が,「説明義務を果たさなかったら取消だよ。決議無効だよ。」等と述べつつ,法令定款に違反しないとしている監査はでたらめではないかと指摘したのに対し,小泉常任監査役が,無償の利益の供与の含まれる可能性のある項目としては交際費,広告宣伝費及び寄付金があり,この点については,毎月担当部局から詳細な資料を取り寄せて内容を点検しており,その結果,法令に違反するような無償の利益供与はないと回答した。原告は,再度,記載義務違反があると発言し,「答えられないなら,答えられないって言えば,済むんだから。」等と発言し,さらに,「商法238条3の2に違反するんですか,あんた,相当な期間をおいて文書を出しているんですよ。」「237条の3になんと書いてある。」等と発言したが,議長は,違反の事実を否定し,他の株主を指名した。他の株主は,NLECに関する処理等につき質問した。

3  他の株主による質疑応答の後,再び原告が発言し,「私の質問状が出ていますね。・・・七つ項目を分けて質問出してんだよ。それまだ一つしか出ていない,あとね,6番目にこういうのがある。・・・使途不明金扱いして納税して済ませた資金がありますか・・・販管費の無償の財産上の利益の供与と関連しているから。」「それに関連するのが続くから。」等と述べた。これに対し,山本が,使途不明金扱いした金額はない旨答え,原告がNLECの件につき,「損金に対する引き当てでしょ。」と尋ねたのに対し,山本は,営業外費用として計上し,税務上は損金処理できないから有税である旨回答し,さらに原告が,「なぜ有税か。」「使途不明金扱いして,支払った金がない・・・っていうから損金性を・・・自己否認したんだろ。」等と発言したのに対し,山本が,右は損金算入できないが,使途不明金とは関係なく,将来起こりうる損失に対して引き当てたのであり,税務署はこれを損金とはみなさない,その点について「ご異議があれば税務署の方に一つ言っていただければと思う。」と回答し,原告が「続いてんだから。」等と述べたが,議長は他の株主を指名した。

4  右株主が意見を述べた後,原告は,NLECの問題につきさらに発言し,「損金だから費用なんだ。費用にまた税金を払うというのはどういう理由なのか。」「損金に税金を払うというのは・・・損金性を否認したからだよ。」等と発言し,議長及び上村副社長が,「税務署の考えとして損金として認めないということで,有税引き当てをした。」「これは特別損失,事業投資損失等とは違って費用として引き当てているもの」であり,「決済するときには無税に変わります。」等と答え,原告が「あんたたちは説明しないんだよ。全然。」と発言したが,議長は最後であるとして他の株主の発言を求めた。

5  右株主の質問が終了した後,議長は決議事項の審議に移行する旨述べて,本件各議案につき異議の有無を問うたが,株主の多数が異議なしと述べ,その際には原告は特に発言等はしなかった。そして,議長は,本件各議案につき承認を得たものとして,本件総会を閉会する旨宣言した。

二  そこで,本件の各争点について検討する。

1  説明義務違反との点について

(一) 原告は,被告会社は,無償の利益の供与及び損金性の自己否認等について説明義務を尽くしていないと主張する。

ここで,商法237条の3第1項が取締役の説明義務を定めているのは,株主総会の機能を実質化するため,株主が議案(ないし議題)について合理的に判断するに当たり必要となる情報を提供することをその目的とするものと解されるから,右説明義務の具体的範囲を画するについては,議案(ないし議題)につき合理的に判断するのに必要な事項であるかどうかをもって決するべきであると考えられ,したがって,取締役が右合理的判断に必要な範囲において説明すれば,その説明義務は尽くされるものと解される。

(二) そこで検討すると,前記認定事実によれば,無償の利益の供与について,原告が,法令上,販管費の明細表には監査役が監査するについて参考となるように記載しなければならないのに,その記載がなく法令違反である等とする質問に対して,被告会社は,販管費の明細表において,無償のものは寄付金,交際費及び広告宣伝費等があること,平成7年度の寄付金は5億円であること,無償の利益の供与については毎月その詳細を監査役に対する報告がなされていること,商法497条にいう利益供与は存在しないこと,被告会社の採用する記載方法は適法であると考えていることにつき述べている。右の点に,被告会社の販管費の明細表(甲三の1・11頁,乙二・11頁)には,18の科目ごとに金額が付記されていることを考慮すると,利益処分,取締役の選任及び退任取締役に対する慰労金贈呈といった点の判断に必要な範囲では回答がなされているものと認められ,これが原告の質問に対する回答として不十分であることを窺わせる証拠はない。

また,原告は,担当取締役とのやりとりの中で,「有償の寄付金」なる用語を持ち出して質問しているが,被告会社は,寄付金は無償のものである旨明確に答えているから,この点の説明としては十分である。また,記載義務の範囲について,原告は,被告会社と異なる見解の下に,右義務違反の有無を問うているが,被告会社の記載方法が違法とは言い難いし(実務上も被告会社のような見解を採用する株式会社も少なくない。),そもそも記載義務違反についての見解の是非自体は説明義務の範囲に属するものではないから,結局この点でも説明義務違反はないというべきである。

(三) 次に,損金性の自己否認について,使途不明金扱いして納税して済ませた資金があるか,損金性を自己否認したものはあるか,NLECの件はどうかと問うたのに対し,被告会社の役員は,使途不明金扱いしたものはなく,NLECの件は営業外費用として計上し,税務上損金処理はできない旨答えており,この点は,それまでの質疑応答の内容も含めて考えると,原告の質問に対する回答として欠けるところはないというべきである。これに続く原告の質問は,損金及び費用に関する独自の見解を下に回答を要求するもので,本件各議案を合理的に判断するために必要なものではないことが明らかであり,また,税務処理の方法自体も利益処分案と関係するとは言い難いから,この点につき説明義務違反をいうのは失当である。

(四) したがって,被告会社の役員の回答には,説明義務違反は認められない。

2  質問書について

まず,商法237条の3第2項は,株主の質問の機会を実質的に保障し,総会における審議の充実を図ることを目的とするが,仮に事前に質問書を提出していても,株主(又はその代理人)が総会に出席して現実に質問をしなければ,取締役の説明義務は具体的に発生しないものと解される。

そして,前記認定事実によれば,原告は,本件総会における質疑応答の中で,質問書を提出していること及び関連質問があることを示唆してはいるものの,前記認定事実に掲記した以外には,質問書記載の事項について具体的に質問をしていない。また,その後,さらに発言の機会が与えられた際にも,原告は,質問書のうちの特定の事項について質問することを明示した上で質問をし,その最後の部分で,自己のした質問に対し担当役員が回答しない旨非難しているのみである。

よって,被告会社役員は,原告が具体的に質問した範囲については回答しているものと認められるから,この点でも説明義務違反があるとはいえない。

3  監査報告書及び答弁の内容が虚偽であるとの点について

(一) この点についての原告の主張は,本件総会決議のなされた平成8年6月27日から3か月を経過した後になされたものであり,商法248条1項により追加して主張することは許されない。原告は訴状において販管費の明細表の記載義務違反につき言及してはいるが,それを監査報告書の記載の違法と結びつけて主張しているわけではないし,また,右言及は説明義務違反の文脈においてなされているものであって,この点を取消事由として主張しているわけではない。

よって,この点の主張を取消事由とすることはできない。

仮に,本訴の経過等に照らし右の主張を許容するとしても,本件においてこれが採用できないものであることは明らかである。すなわち,被告会社の販管費の明細表の記載事項に欠けるものがあるかどうかについては,前記のとおり,記載事項に欠けるとは言い難く,しかも,仮にこの点の記載に欠けるものがあったとしても,本件総会における被告会社の役員の説明内容を合わせ考慮すれば,株主の合理的な判断に必要な情報は提供されているものと認められることは前記のとおりであるから,監査報告書(甲一の2・17頁)が適法意見を付していても,それをもって決議の取消事由とすることができない。

(二) また,被告会社の役員の説明に虚偽の点がないことは前記認定のとおりであり(販管費の明細表の記載事項に関しては,担当役員が自己の正しいと信じる見解を述べており,また,このような見解の相違に関しては,そもそも虚偽かどうかを問うべきものではない。),この点に関する原告の主張は前提を欠くものである。

4  議長による強行採決について

証拠(乙四)に照らすと,本件総会において,議長が株主からの質問は終了したものとして質疑応答を打ち切り,議案の採決に移った際の事情について,原告のいうような与党総会屋等による違法,不当な協力があったことは認められず,原告も採決に移るについては何ら異議を述べていなかったと認められ(乙四,原告本人),外に右議事進行が違法なものであったことを窺わせる証拠はない。

また,証拠(乙四)によれば,原告が質問に立っている際に複数回の野次があったこと,議長が,原告の質問に対し,議論は尽くされたものとして他の株主の質問に移行していることは認められるが,議長が右のような措置を取ったのは,前記のとおり説明義務を尽くしているにもかかわらず,原告が自己の見解に固執して重複する質問を継続しようとしたこと,複数の株主が発言を要求していたこと(原告もこの点は認めている。)に基づくものと考えられ,議長の議事進行として何ら不公正というべき点はなかったものと認められる。また,原告に対する野次については,原告の質問が重複し,長時間にわたるものであることから投げかけられたものと考えられ,原告の正当な質問を遮るため議長に協力したものとは認められず,原告本人尋問の結果中この点に反する部分は信用できないし,外にこの点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

5  よって,原告の主張は,いずれも,本件各決議の取消事由となるものではなく,右判断を覆えすに足りる主張,立証は見出せない。

三  以上の次第で,原告の主張はいずれも理由がないから,本件請求は棄却を免れない。

(裁判官 長谷部幸弥)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例